3121 words
16 minutes
吾輩が、魔術でこれを生成したのか?

召喚の間で待っていると、軋む音を立てながら扉が開いた。

「るし・ふぁー?」

 不安そうな声で言って、邪神は小走りでこちらへとやってきた。

 吾輩の服の袖を指先で摘まみ、キョロキョロと周りへ目を向けている。

「……1人で来られましたか?」

「うん。1人で来てって、ゲオルに言われたから。お城の奥の方にあるから、薄暗くて少し怖かったの」

 そう。召喚の間は魔王城の最奥にある。加えて、ゲオルが幻惑魔術をかけているから、ここで何が起ころうとも、外部からは悟られない。

「邪神様。邪神様をここにお呼びしたのは、お頼みしたいことがあったからです」

 頭3つ分小さな少女を見下ろしつつ、真摯な声で続ける。

「吾輩の名を、考え直していただけないでしょうか?」

 瞬間、邪神は分かりやすく不機嫌になった。

「むー、何度も言ってるの。かわいくていい名前だと思うの」

「何度も申し上げていますが、魔王の名前は可愛らしいものではなく、畏怖の対象となるべきものだと思うのです」

「でも、サタンとか、ベルフェゴールって、かわいくないからイヤなの」

 何度も繰り返してきた問答。いつもなら、ここで引き下がるのだが……今回ばかりは、そうもいかない。

「邪神様」

 低い声で呼ぶと、邪神はピクリと肩を震わせた。兎のような赤い瞳で、吾輩の顔を見上げてくる。

「このようなこと、本当はしたくないのですが……痛い目に合いたくなければ、吾輩のお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「……るし・ふぁー?」

 袖を掴んでくる小さな手を、吾輩は力任せに振り払った。

 5メルほど距離を取り、魔力のこもった手のひらを邪神へ向ける。

『|万雷の槍《ライトニング》』

 吾輩の使用できる中で最弱の魔術だ。

 数百の雷で敵を貫く魔術だが、吾輩とて邪神を痛めつけたいわけではない。

 軽く痺れる程度に威力を抑えて発動した……はずだった。

「い、いたいのっ!?」

 何か棒状のものが、大量に邪神に向けて射出されていた。

 身を屈める邪神に当たったそれらは、黒曜石の床をこちらまで転がってきた。

 指先で拾い上げる。

 ……なんだ、これは?

 木の枝?

 軽く力を込めると、容易に折れた。

 内部には何か黒いものが詰まっていて……鼻を近付けてみると、ほのかに甘い香りがする。

「わっ! これ、おいしい!」

 弾んだ声が、召喚の間に響いた。

 目を向けると、邪神はしゃがんだ姿勢のまま、木の枝を食べていた。

 ……いや、木の枝ではないのか?

 吾輩も手に持っていたそれに齧り付いてみる。

 甘い。

 これは……焼き菓子? だが――

 混乱しつつ、自分の手のひらを見つめる。

 吾輩が、魔術でこれを生成したのか?

 まさか。そんな馬鹿な。

 急速に毒気が抜けそうになるのを感じて、吾輩は慌てて頭を振った。

 何が起こったのか分からないが、この程度のことで動揺してはいけない。

 再度、邪神へ手のひらを向ける。

 邪神が何かをしたのか、はたまた召喚の間だからこそ魔力に変異でも起こったのか――。

 原因は分からないが、ただの攻撃魔術だと、正常に発動しないかもしれない。別系統の魔術がいいだろう。

『三頭犬召喚《サモン・ケルベロス》』

 異界の怪物を一時的に現界させる魔術だ。

 三頭犬は3つの頭を持つ犬型の怪物。厳つい見た目をしているので、怖がって吾輩の言うことを聞くだろう……という魂胆だったのだが。

 なぜか、そこには片手で楽に抱え上げられるほどの小犬がいた。

「キャンッ!!」

 尻尾をフリフリさせ、嬉しそうに邪神の元へと走っていく。

「きゃっ!? くすぐったい!!」

 小犬に頬を舐められて、邪神は嬉しそうに笑っている。

 ……あの小犬はなんだ。

 あのような存在と契約を交わした記憶はないが……どこから召喚されたのだ?

 意味が分からない。

 膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、邪神に目を向ける。

 やはり、単に子犬と戯れているだけで、何かの術を使っているようには見えないが。

 ……まさか。

 ふと、嫌な想像が頭を過ぎった。

 ……ひょっとして、『るし・ふぁー』というふざけた名を付けられてしまったせいで、吾輩の力もふざけたものになってしまったのではないか?

 雷が焼き菓子に、三頭犬が小犬に――全ての魔術が、そういうふうに変じてしまっているとしたら?

 ……吾輩は再び、震える手のひらを持ち上げた。

 使用するのは、吾輩が持つ最上の魔術。

『|漆黒の業焔《ヘル・フレイム》』

 対象を焼き尽くすまで決して消えない漆黒の焔を生み出す魔術だ。

 もちろん、邪神に向けることはしない。

 邪神の周りに数多転がっている焼き菓子を対象に発動する。

 すると――

 焼き菓子の傍に、赤色の花が咲いた。

 青、黄、白、桃。

 色とりどりの花が怒涛の勢いで咲き乱れ、みるみるうちに漆黒の床を塗り替えていく。

 数拍もしないうちに、召喚の間は花々に満たされてしまった。

 どこからやって来たのか、黄色の蝶々が花の間をひらひらと飛んでいる。

 ガクリ、と。

 吾輩は花畑の上に崩折《くずお》れた。

 想像は確信へと変わっていた。

 『るし・ふぁー』のせいで、吾輩の力は完全に変じてしまったらしい。

「るし・ふぁー、大丈夫?」

 いつの間にか、すぐそばに邪神が座っていた。

 左手に子犬を抱え、右手には棒付き飴を握っている。

 どこからそんなものを取り出したのかと思い、視線を巡らせてみると……何のことはない。そこかしこに生えている。

 どうやら吾輩の咲かせた花はただの花ではなく、飴細工でできているようだった。

「甘いものを食べたら、元気が出るの!」

 邪神が笑顔で飴を差し出してくるので、吾輩は無言で受け取った。

 そのままボーッと飴を眺めていると、邪神が吾輩の腕を両手で掴み、飴を口の中に突っ込ませた。

「……甘い」

 蕩けるような優しさが、吾輩の脳天を貫いた。

 ペロペロと飴を舐めながら、ヒラヒラと飛ぶ蝶々を眺める。

 ここは室内のはずなのだが、どこかから爽やかな風が吹いてくる。

 それどころか、小鳥のさえずりや川のせせらぎまで、聞こえてくる気がする。

 完全に意味不明だが、もはやそんなことはどうでもいい気分だった。

 ――

 邪神様と子犬、吾輩の3人で日向ぼっこをしていると、遠くの方から扉の開く音が聞こえた。

「……るし・ふぁー様、これはいったい?」

 困惑した表情で、ゲオルが花畑の中を歩いてくる。

「おー、いいところに来たなー」

 身体を起こした吾輩は、すぐ隣をぽんぽんと手のひらで叩いた。

「まあ、座れ」

 吾輩に言われた通りに、ゲオルは居心地悪そうに腰を下ろした。

「1刻お待ちしても出てこられるご様子が無いので、恐れながら見に来たのですが……」

「そうか、ありがとうなー。吾輩のことを心配してくれて」

 頭を撫でてやると、ゲオルは固い表情で吾輩から距離を取った。

「あ、あなたは本当に、るし・ふぁー様なのですか?」

 震える声で言ったゲオルは、ハッと何かに気付いたような顔になった。

 吾輩の隣で、子犬を抱きしめながら気持ちよさそうに眠っている邪神様へと、鋭い視線を向ける。

「まさかッ……お前が、るし・ふぁー様に何かしたのかッ!!」

 ゲオルを中心として、赤い闘気が波として広がった。

 木々が揺れ、小鳥が飛び去り、空の雲が吹き飛ばされる。

「わっ!? な、なにごとなの!!」

 ガバッと起き上がった邪神様に、ゲオルが怒りの言葉を――

「もがッ!?」

 言い放つ直前、吾輩は空から降ってきた綿菓子をゲオルの口に突っ込んだ。

「ひとまずこれでも食べて、落ち着け」

 もぐもぐと口を動かすたびに、ゲオルを覆っていた闘気が薄くなっていく。

「……るし・ふぁー様。なんだか私、気持ちが温かくなってきた気がします」

 綿菓子を全て食べ終えたゲオルは、恍惚とした顔でそう言った。

「うむ。落ち着いてきたようだな」

 吾輩がうんうんと頷いていると、邪神様がティーカップをゲオルに手渡した。

「これを飲んだら、さっぱりしていい感じなの!」

「これを……私に?」

 ゲオルは感激したように、両手でティーカップを受け取った。

 ズズッと中身を啜って、ほわあと吐息を漏らす。

「ああ……身体の隅々まで行き渡るようです」

「気に入ってくれて嬉しいの!」

「はい。邪神様、ありがとうございます」

 さっきまでの形相が嘘かのように、ゲオルはにっこりと笑顔を浮かべている。

 ――それから吾輩たち3人と1匹で、キャッキャウフフとお菓子を食べたり、輪になって踊ったりしていると、いつしか空が薄暗くなってきた。

「そろそろ、お家に帰らないとな」

 吾輩が苦渋の面持ちで言うと、各々残念そうに応えた。

「そうですね。もう暗くなりそうですし」

「むー、リリスが心配するから、わたしも帰るの」

「キャウン……」

 また明日遊ぼうと固い約束をして、今日のところは解散と相成った。

 ――

 執務室へ向かっている途上。

 廊下の窓から見える中庭は、夕焼けに赤く染まっている。

 どうやら、吾輩たちは召喚の間で5刻ほど過ごしていたらしい。

「……ゲオルよ」

「はい」

「お前も、正気に戻ったか?」

「……はい」

 吾輩は足を止め、ゲオルと真剣な顔で向き合った。

「どうやら、あれが吾輩の新しい力のようだ。……なかなか面白い力だと思うのだが、ゲオルであれば活かすことは可能か?」

 ○○○

吾輩が、魔術でこれを生成したのか?
https://fuwari.vercel.app/posts/koufukunomaou-4/
Author
Rio Tamaki
Published at
2026-03-07
License
CC BY-NC-SA 4.0